SCRIBBLE JAM -- MC BATTLE '99-'01 -- by: Fuma75
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東海岸や西海岸は勿論、近年目覚ましい商業的成功を遂げた南部などのアーティストと比べて、中西部のアーティスト達はココ数年程前までマトモに注目された事は無かった様に思う。今になってみれば、既に世界的に評価されているMCやDJ、プロデューサー達は充分すぎる実力とキャリア、ローカルレベルでの確かな人気/評価を得ていた訳だが、そういったアーティスト達が現在のようにワールドワイドな支持を受けるまでになったのには、インターネットは勿論、オハイオ州シンシナティで毎年夏に開催されているスクリブル・ジャムの存在も無視できないだろう。
そもそも、オハイオを中心に活動するDJ集団1200 HOBOSのMR DIBBSとDJ SKIPによって、所謂グラフィティ専門雑誌”スクリブル・マガジン”との共同企画として96年にひっそりと幕を開けたスクリブル・ジャムだが、翌97年の第2回がEMINEMやJUICE、DOSE ONE、RHYMEFEST等によるMCバトルをはじめ1200 HOBOSの7台のターンテーブルでの素晴らしいルーティーンなど数々の伝説を残したため、一躍そのレベルの高さが注目の的となったと言われている。が、勿論こういったイヴェントを大きなメディアが取り上げるはずも無いためにそれらの模様は、まるで民族神話の如く語り継がれた形で伝え聞くしかないのだが、唯一の救いはビデオの存在で、現在でも手に入ると思われるのは99年、2000年、そして先日リリースされた2001年の大会だけだが、それ以前のモノもリリースされたらしい。実際、ネット上では97年や98年のMCバトルの映像や音源に触れる事が出来るので、チェックして欲しい。 今回は、当サイトにも馴染みの深いMCたちが多く出場したMCバトルを検証していきたい。 1999年 99年の主役は、やはりFREESTYLE FELLOWSHIPのP.E.A.C.E.と、RHYMESAYERSのEYEDEAだろう。EYEDEAはFREESTYLE FELOWSHIPや彼の曲を引き合いに出したり、お馴染みのバッド・ジョークで攻撃、P.E.A.C.E.はそれに鋭い切り返しをしてみせる。個人的な意見を述べさせてもらうと、決勝2ラウンド目のEYEDEAのライムはそれまでに比べて少し弱く、トロフィーはP.E.A.C.E.のモノであるべきだった、と思う。多種多様なフロウを駆使したP.E.A.C.E.は、DOSE ONEとのバトルに於いても、DOSEのフロウを真似たり、オーディエンスを意識した派手なパフォーマンスでヴェテランの風格をまざまざと見せ付けている。とはいえ、EYEDEAの驚異的なトップ・オブ・ザ・ヘッドは、正にチャンピオンの称号に相応しい。 タイ・ブレイクによって2度戦った2人は、新旧のバトルMC代表として最高のパフォーマンスを見せている。 2000年
もう一つのハイライトは、BROTHER ALIとEYEDEAによる、RHYMESAYERS同士のバトルだ。EYEDEAの”お前のテープなんか2本しか売れてない”に対してのBROTHER ALIの返答”テープの事言うのか?少なくとも俺はテープ出してるぜ”で勝負は決まり。前年のチャンピオンを、見事破ってみせた。 2001年
SAGEとBROTHER ALIの因縁のバトルでは、BROTHER ALIの"I SERVED EYEDEA(俺はEYEDEAを倒した)"というTシャツを見ながら、”良いシャツだな、’俺はEYEDEAを倒した’/覚えてるよ、お前のキャリアのハイライト”というラインでSAGEがまたしても勝利。SLUGとSAGEのバトルも興味深いが、個人的にはあまり面白くなかった。他にも、BLUEPRINT、MASS HYSTERIAのKAOSやCASHMEREが参加。 |